2009年夏 子宮頸がんⅠb2期と宣告され いきなり癌との闘いに突入してしまった私の日記と記録
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再入院
2009-07-11

なんと再入院。

6日(月)から今日まで6日間。

熱が39.8°あり、感染症になってますと。

結局は、尿路感染症(腎盂腎炎)。



確かに先週の土日の腰の痛みはこれまでに無いくらいひどかった。

筋肉痛の範疇は超えていた。

痛み止めを1日中飲み続けても、軽い痛み止めしか飲めない私には、寝てることしか出来ず。

横になってても痛くて痛くて、どうしようもなく。



しまいには、近くの整形外科へ行った。

劇的な治療を期待して・・・。

でも、ここでもアスピリンアレルギーが邪魔をする。

「普通の痛み止め、飲めないからねえ・・・。」と言われ、

速攻効きそうな薬もなく、やんわりとは効きそうな薬をもらって帰ってきた。



結局午後から熱が上がって再入院。

こんな感染症はこの先もあるんだろうか。

こうして入退院を繰り返したりするのか・・・。


なるようにしかなりませんものね。

先のことをあれこれ考えても無駄だ。
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退院
2009-06-27

午前中退院。

腰が痛いから、体は曲がったままナースセンターにお別れの挨拶。

残りの荷物は母が持ってくれて、やっとのことで自宅に帰ってきた。

自分の荷物ひとつ持てないなんて情けない・・・。


おっと、また落ちてますよ、キミ 

なんだか、せっかく退院できたのにもっと喜べば?

苦しみの大部屋から解放されて、やっと自分の家に帰ってきたというのに。


20日ぶりの自宅は基本、「個室」なのでイライラせずとも休めるし、夜も眠れる。

味の薄い病院食から、シャバの美味しい食事になるので、少しは食べれるようになるかな。


食べないほうが、少し体重が減っていいんだけどね 
腰が痛くてたまらない
2009-06-25

既にこの6月分は実際には後から書いているけど、この時はもうノートにすら何も書かれていない。

傷みがひどくて、何も出来ないからだ。

出るものも出ない。食べられない。

腰の痛みがひかない上に、相部屋で夜は眠れない。

朝早くから1日中誰かがベッドに張り付いている迷惑な向かいの患者のせいで、昼間もうるさい。


ほんとに 常識のない人と同じ部屋 になると、こんなにも最悪な状態なのかと思う。

手術は大変だ。そりゃあ大変だ。

どんなに簡単な手術でも、どんな人にとっても大変なことだ。

それは私も経験済みだから、大目に見てあげたい。

でも、一日中誰かが張り付いていて、しゃべり続ける元気が、患者であるあなたにあるなら、

その付き添いの人は必要なのか?

そこに1日中いる必要はあるのだろうか?



さすがに普段は心の広い?笑顔を絶やさない?こんな大人な私でも?

さすがにこの人には辟易した。

もう2度と大部屋はごめんだ。


いい人と同じ部屋になるのも、やはり確率の問題なんだと。

今の私はあんまりいい確率に恵まれてないみたいだ。

調子が悪かったので、かなり落ち込んだ。

環境って大事だね。
民族大移動
2009-06-23

「○○さーん、元気だから4人部屋に移ってくれる?」と、

病棟師長さんが優しく、そして絶対的に仰いました。


希望は確かに退院まで個室。

でも、手術の人が入院されるとなれば、2週間前の私のためにきっと誰かが空けてくれたであろう、この個室。

・・・・・名残惜しいけど、空けます。


すごい荷物の数・・・。増えている、確実に。

みんな個室だから安心して?すごいことになってる。



出来れば前日にこの宣告をしてほしかった・・・。

冷蔵庫は満タン。本と雑誌と花とフルーツもたくさん。

何より、私が持ち込んだ「快適グッズ」が多い。

結局、暇な時などなく、入院患者は結構忙しい。

持ってきたそれらのグッズは、もう邪魔モノになりつつある。


病院にお勤めの友達の「何でも持っていっちゃダメですよお!」

そうか、彼女の助言はこういう意味だったのね。

個室だからと安心した私が甘かった。


でも、3日前から調子が悪い、傷みもある。

荷造りをしていると脂汗がでてくる。

何が海外旅行のように準備したら楽しい!だ。

すでにリモワのキャリーケースすら重たく感じるぞ。



そうして病棟看護師さん総出で、私の大量の引越し荷物は運ばれていったのだった。

ごめんなさい、みなさん。



しかも、一番奥の4人部屋。硬いマット、もちろん手動ベッド。

ベッドまで個室のそれとはグレードが違うのかな・・・これぞまさしく『差額ベッド代』か(笑)?


4人部屋ね・・、元気なら楽しそうだけど、腰の痛みが日に日にひどくなる私には拷問だ。

己の限界を感じつつ、でも筋肉痛だからシップでも貼っとく?

私の体、おかしな角度で曲がってるもんねー。



開腹手術をすると、傷をかばって猫背になったり体が左右に曲がってるらしい。

実際、鏡で見ると確かに曲がって立ってる。

先週、歩けるようになったからと必死に曲がったまま歩いてた。

術後ずっと寝てたせいもあるらしい。


我慢するしかないか。

背中の痛み
2009-06-21

昨晩から左下腹部と左の背中、腰が痛い。

痛み止めを飲むものの、2時間できっちり切れる。


当直の先生がエコーで検査をしてくれる。

でも腎臓に腫れもないし、ビビッてた腎盂腎炎ではない。

よかった。 結局、異常は見つからず。

最近動くようになったからね・・・ってことで終了。


ところで、今日は日曜日。朝から主治医の先生も、担当の先生も、

「どう~?調子は~?」

と見に来てくれる。そういえば、先週は術後の痛みでそれどころではなかったけど、

2人とも、

先生って・・・一体いつ休んでいるんだ?


産婦人科のお医者さんは激務。

平日は外来と手術や分娩に追われて、合間をぬって病棟に入院患者を見に行く。

ほとんど朝と午後と2回も。しかも、出産は夜もある。

土日だってこうして病棟まで様子を見に来てくれる。

「センセー、私、ちゃんといい子にしてるからー!休んでくださいー!」



病人の私が心配することではない?

いいえ、病人になったから心配してるんですよ。

お医者さんほどではないが、病気になるまで無理していたであろう自分。

そもそも、無理していた事に気づいてなかったといったほうが適切か。


仕事は大事だけど、休めないからといって体を酷使してストレスフルな限界生活を続けていたら、

体か精神か、どっちかが壊れてしまう。

私は、主治医の先生が倒れたら悲しくて泣いちゃいます。

『頼りにしてますからー!』
術後7日目
2009-06-17

総回診・・・白い巨塔みたいだ。

財前はどこだ?


部長先生がどどーんとやってくる。

この前の偉そうな先生より、すごくソフト路線だ。

やはり最近はお医者さんもソフト路線なのかな。

病気でくじけてる私にはこのソフト路線がありがたい。



今は毒舌に耐えうるだけの気力がない。

病気のことを話せない人の中には「毒舌な人」も含まれる。

元気なときは対抗して楽しめる毒舌トークも、本気で落ちてるときには些細な言葉が

深く胸に突き刺さる。

自分もこれからソフト路線に転向しよう。


午後から手術で取り出した臓器や病理検査の結果が出た。

「あまりいいお知らせではないのですが。」・・・確かに。

腫瘍の大きさは6cm。リンパ節にも転移があり、腺がんだけでなく扁平上皮がんの成分もみつかる。

混合型ってまた、ややこしいじゃないの。

少数派じゃないのそれも。偏屈なのね・・・。

浸潤もいろいろ見つかる。もっといい物が見つかるならいいのにね。


「自宅庭から現金3億円!!」

「忘れていた宝くじの当たり券!!」
  などなど


これで、術後の化学療法が決定する。

抗がん剤は2剤併用プラン「パクリタキセル」と「カルボプラチン」を、

ひとつは1回で、もうひとつは3回に分けて投与する。

トータルで4~6コースくらい必要。


6コースって6ヶ月ってことだよね?

いやー、切ったら終わりでないのね。


予測はしてたけど、改めて告知された気分だね。


骨髄抑制、脱毛、筋肉痛、関節痛、抹消神経障害、卵巣機能不全(卵巣は残したからね)、嘔吐、吐き気・・・・

おー副作用もただものでない。

来るならこいだ!
術後6日目
2009-06-16

今日は抜糸をする。

午後から担当医の先生が「抜糸するよー」と処置をしてくれる。

Dr.「傷、きれいだねー、若いからかなあ。」

私.「先生が縫ってくれたんですか?」

Dr.「うん、そうだよ。」

私.「じゃあ、サインしといてください。」

Dr.「そこまできれいとは・・・いかないかなあ。」

・・・・・そうですか、ぬか喜びですか。


私.「もう少し、お腹凹んでないかなあって期待してたんですけど。」

Dr.「うん、それは別ね。」

・・・・そうですか、オプションですか。


結局19針、しっかりはてなマーク延長バージョンの傷がありました。

チクチク痛かったけど、他のところの痛いのに比べたら大したことは・・・でも痛い。



今日は朝の4:00に導尿のため起床。

眠いから、散歩はやめようかと自分に負けそうになるのを、

今日のテーマソングをMr.childrenの『Innocent World』からスタートに、

i-podを聞きながらテンポ良く病棟の廊下を何往復もする。


テンポのいい曲だと、歩くのも楽しい。


傷が痛くて人とぶつかるのが恐い(お見舞いの人とか、足腰元気な患者さんとかが普通に歩いている)ので、聞き耳は空けてある。


看護師さんが、「えらいねー」「頑張ってるねー」と励ましの言葉と素敵な笑顔で、忙しくすれ違っていく。


ときどき、大部屋の楽しい会話が聞こえてきて、大部屋も楽しいかなあ・・・と思ったり。

おっ?余裕がでてきたかな?


ときどき、水分補給をしながら、歩くだけで汗びっしょりになって、ぐるぐる1時間半。


動けば腸も動くからいいんだぜ。ぐるぐる~。
術後5日目
2009-06-15

今日は流動食という名の宇宙食にも少し慣れてきて楽しんでいる。

どうせ食べるならいやだなーと思って食べるより、

流動食は常食への通過点で滅多にお目にかかれない代物なのだから、楽しむべき。


昨日から「おもゆ」を食べる?飲む?んだけど、

ふと、患者に合わせて違う種類の食事を作ったり配膳したりするのって、大変だなあと思う。



あさ9時に導尿していた管が取れる。

点滴も外れ、体がフリーーーー!うれしいー。

動くのも、管が無かったらとてもラク。

これで頑張って歩くぞ。



管が外れた瞬間から、排尿障害と闘う。

まずは、自分で出せるかどうかが始めの一歩。

4時間おきに尿意が無くてもトイレへいって、その後看護師さんにカテーテルで導尿してもらう。

1日6回、かなりの苦痛であることに違いない。


「はー分かってた事だけど毎日だと辛いよね・・・」と、落ち込みつつ

1時までは出さなきゃ出ないんだろうなーと思っていたら、

管をはずして1時間後、気のせいかと思ってトイレに行くと、出た。


あれ?気のせいではないみたい。

「やったーーー!」出ないと思ってたからすごくうれしい。

なんだかこの後の闘いに希望の光を見る。



午後から妹にシャンプーをしてもらい、久々にすっきりした。

体は起きれるようになってから拭いてもらってたけど、首に点滴の管があってシャンプーは術後初めて。

駅前のおっさんみたいに頭がねっとりしてきたらショックだ・・・と思い始めてきたところだったから、メンタルでもうれしい。
こんな姉の髪を文句ひとつ言わずに洗ってくれた妹よ・・・

ほんとにありがとう(涙)。
術後4日目
2009-06-14

”病棟内を自由に歩くことが出来ます”・・・と、説明には元気に書いてある。

よし、なら歩いてやろうじゃないのよ。

「自由に」とは、まだいかないけど病棟の廊下を往復できた。


朝は自分で、部屋の洗面台でうがいと歯磨きをした。

ベッドの上でうがいだけじゃ、口の中が気持ち悪い。

やっと、不快感を感じる余裕が出てきたってことだ。


ガラガラと点滴のタワーを引きながら、歩く。

体からワラワラいろんな管が出てるから、気をつけないとドアノブやふとしたところに引っ掛かる。


昔は、すてきなダーリンがふいに引っ張ってくれたものだ。

今や点滴の管とはね・・・・



やっと出た出たヤッターマン。

昨日のギャル曽根ちゃんのおかげだ、きっと。


朝、先生に話したので、お昼から食事が出ることに。

腸が動いてガスが出て、少しずつ回復してる感じがうれしいね。



母の今日のメモにはまた、「バスガス爆発」の文字が・・・・。

「ガスバクハツする」と記入されている。



うん、ママさ、爆発はしてないかもね。噴出してるだけだよ。

爆発したら、お尻・・・焦げちゃうじゃない?ま、いっか。



そんな母のメモは、あとから読み返すとおかしくてたまらない。

普段は真面目な人が、ガスについて真剣に?メモを取る姿がまたおかしい。

でも、そんなおかしい母にもかなり救われる。

母は、私の告知から手術の前までは「必ず成功するから、大丈夫だよ、大丈夫。」と言いながら、青白い顔して泣きそうだった。

普通に家事と仕事を両立しながら、でもココロは疲れてたんだよね。


心配かけてごめんね。


頑張って元気になるから、今度は旅行に行こうね。
術後3日目
2009-06-13

(母のメモより) 

-痰がからみ、なかなか自力で出せない。

傷みは静かにして動かなければいいが、少しでも体を横にしたりするとピリピリ・・・・。

自分でベッドの上で座ったり、横で立ったりしている。

今のところまだ、ガスが発火しない(『バスガス爆発』せず)。

今日は土曜日だから?「歩け!」「歩け!」の指示があまりない。-



このメモを読んで、爆笑した。

「バスガス爆発」ってさ、母・・・、ガス待ちの私だけど確かに。

なんか、病室でこそこそ書いてると思ってたら、こんなことを・・・。

おかしくて、笑ったら傷が痛い。でもすごく(笑)。


「バスガス爆発」の早口は甥っ子が「ばあちゃんこれ出来るー?」と言って、母に言わせてたもの。

甥っ子と姪っ子はいつも我が家に笑いをもたらしてくれる。

彼らのおかげでどれだけ救われたか分からない。子は宝です。



日頃から少し、滞りがちな私は、きっとただ待っててもガスは出ないだろうと思い、

午後からギャル曽根ちゃんの番組を見ることにした。

彼女の食べっぷりに私のお腹が反応しないかと思って。

10日から3日間何にも食べてない私のお腹は空っぽ。

きっと、メンタルから攻撃すればお腹は更に動くに違いない。



その番組は高速のサービスエリアを順番に訪ねて食べ続ける。

メニューは言わば、B級グルメも多いんだけど、

ものすごく美味しそうに、食べる、食べる、食べる


おかげで私も、何か無性に食べたいと思うようになった。

ギャル曽根ちゃんのおかげだね、ありがとう
術後2日目
2009-06-12

(母のメモより) 

-ベッドを起こして少し座った状態にし、ベッドから立ち上がる。

午前中ナースセンターまで歩く。すごい!

お腹のドレーンを抜く。依然として吐き気がして、熱38度以上あり。

歩いた後から傷が痛くなり我慢できなくなる。

午後からは2~3歩歩くと激痛が走り、”歩き”はストップ。-




痛くても、多少辛くても、やっぱり歩かないとね。

動かないと体は元には戻らない。

先生と看護師さんが付き添ってくれるから安心だけど、私にとっては人類初の月面着陸の第一歩みたいに重く、そしてうれしかった。

動けることが何よりうれしい。
術後1日目
2009-06-11

(母のメモより)

-昨日より少し楽になるが、終日熱があり、まだ頭痛(厳密には頭の皮、髪が引っ張られているような感じ)、

右足のヒザ下が痛む。吐き気あり。-




体から出てる腹部のドレーンからは体の中の排出液が出てる。

おしっこの管はずっとついてるから、常におしっこがしたい感覚。


点滴は腕からと、背中に硬膜外麻酔と鎮痛剤が、首にも点滴が入ってる。

ワラワラと管が出てる、少し情けない格好だ。

でも、私はアスピリンアレルギーのため、普通の鎮痛剤は使えない。座薬もダメ。


そのかわり背中の鎮痛剤を通常の人より2日ほど長く刺しとくらしい。

そーか、アレルギーってこんな時も困り者。



今日は起き上がるのは無理みたい。

手術の傷の痛みや、お腹の辛さもあるのに、その上足の痛みとお尻の痛みもずっと続いてる。

なんで、こんなところが痛いのか、怒りでイライラがつのる。
入院の日
2009-06-08

今日から入院。

ちょっと?荷物が多いような・・・。

キャリーケースとボストンバッグと化粧ケース。

キミは一体どこへいくのか?

(海外旅行にでも行く気分で用意しなきゃ、ブルーになるわよ!)



楽しく準備したかいあって、相当な量のグッズが揃いました。

個室を希望していたので、荷物をほどいたら既に私のサロン。

みんな、早速お見舞いありがとね。



主治医の先生と、もう一人の担当の先生が紹介されて、母と妹が手術の説明を聞く。

手術の跡が「はてなマーク」になるか聞くと、「はてなよりまだ上に延びるよー」と先生はいつも爽やかで優しい。

そういえば、初めて「子宮頸がん」と告知される時、先生の顔は沈んで見えた。

やっぱりお医者さんも告知するのは大変なんだなあと思ったものだ。


私の主治医は若い先生で、私より若いのかな?もしかして。

全然偉そうじゃなくて、ソフト路線だ。

最近の産婦人科の先生はソフト路線なのか、たまたま私の担当の先生が2人ともそうなのか?

ほんとに優しい。

良かった、2人ともいい先生に恵まれて。
とりあえず一旦退院
出血が止まったので、退院できることに。

うわっ、うれしい。

先生が大事をとって慎重に様子を見てくれたので、もう大丈夫。
これで、夜中に出血して起きることもなく、ゆっくり眠れるようになる。

そういえば、入院するまでかなりの寝不足・・・。
今回の緊急入院は、半月の寝不足を補って余りあるくらい、よーく眠らせていただきました。

いい意味で休暇になったんだなあと思う。

でも、止血剤と造血剤の飲み薬をもらったら、なんだか病気を意識せざるを得なくなる。

「そうだ、これで終わりじゃないんだった。」

休み明けから始まる検査や診察、とりあえず家に帰ったら情報収集をしなくては。

清志郎さん逝く
テレビで忌野清志郎さんが、癌で亡くなったというニュースやってます。

このシチュエーションで・・・

しかも病院のベッドで点滴しながら見たくはなかったなあ。

この人、亡くなっちゃったんだー。

若いと進行早いしねー・・・などとものすごく他人事。



いやいや私はまだ、悪性って決まってないし。

考えるのやめにした。



緊急入院から一夜明けて、慌ただしかった昨日とはまったく違う静かな朝。

今日からG.W.で、入院患者も少ないみたい。



でも、仕事の都合がつかない。

代わりの人がいない。

突然だったから、引継ぎも何も。


ずっと仕事のばかり考えて、右往左往する私。



G.W.明けの検査をずらしてもらえないか、先生に頼んでみた。

体のほうが大事でしょ・・・そうだ、その通りだ。

おっしゃるとおりです。


でも、代わりの人がいないと仕事が回りませんーーーー!


夜、一日中オロオロしていた私に会社から電話が。

「○○さん、来てくれるってー」

ああ・・・ありがとう。

これこそ、神の救い。
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