2009年夏 子宮頸がんⅠb2期と宣告され いきなり癌との闘いに突入してしまった私の日記と記録
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敵を知る
以前に体験記などの本を買った。

でもまだ情報が足りない。

体験記は読みやすくて分かりやすい。

届いたその日の夜に、一気に読んだ。

でも、私が知りたい事が増えてきた。

他にもどういう症状があって、他の人はどんな種類のがんなのか、

治療法は?などなど、知り始めると疑問がふつふつ涌いてくる。


そこで、さらにぽちっと購入。
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(2005/11)
野澤 志朗青木 大輔

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私にはとても分かり易く書いてあり、その後何度も何度も見返しては、

入院中は病院へ持って行き、

疑問に思うとき、

不安な術後の化学療法や後遺症が気になるときに開いた。

がんと闘うにはがんを知らなきゃ!

まさしく「敵を知る」、闘い方は自分で決める。


専門家というドクターに相談して、アドバイスをもらい、最終的には自分で選択、決断をするべきだと思う。


医者任せにしていて、自分は医学の知識が無いからと、わからないまま治療を続けることは危険。

知らない薬は飲めないし、分らない治療は効果も分らない。


混んでいる外来で1日中、多くの患者を診る忙しいドクター。

自分の診察時間は限られている。

限られた診察時間内で聞きたいことを聞くには、質問の内容も患者が精査して、ポイントをまとめていくべきだと思う。


といいながら、結構くだらない質問をしてはドクターの時間を無駄に使わせたりしているけど。

ドクターは優しいので笑いながら聞いてくれる。

これも、コミュニケーションのひとつということで。
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いよいよPET検査
今日は初めて受けるPET検査の日。

わくわくする。

どんなことを実際するのか、予約した日から楽しみでならない。

癌という、私の人生始まって以来5本の指に入る

最強な”敵”を光らせて見てやろうじゃないか

と思ったけど、

もしも転移してて思ってもみないところが光ったらどうするんだ?

ははははははー、なるようにしかならないのさ。


ちなみに今日はいつもの病院ではなく、PET画像診断センターhttp://www.pet-toyama.jpで検査を受ける。
ともだちってすばらしい。

仕事で代わりの人を探していると、見つけてきてくれた。

涙、涙、涙・・・


もう、今月中に見つからなければ手術を延期するしかないところまできていた。

仕事と命とどっちか選べるか?会社つぶれるぞ?

わたしにとっては究極である


そこまで、しなくてもさ・・・と思いそうだが、本当に代わりの人が見つからなければ

見つかるまで私は仕事をこなさなくてはならない状況だった。

たとえお腹が痛かろうと、出血でふらふらになろうとも。



会社の危機管理が全くなっていない。反省しても今更である。

手術が出来なくても、自業自得だ。

そんな切羽詰まった状況で、やはり頼りになるのは

ともだちなのだ

生きる目標は・・・
子供が産めなくなる事・・・。

私にとっても、家族にとっても、大きな問題だった。

両親もいつかは、私が産んだ孫を見られると思っていたに違いない。


「妊娠中にがんだと分かって、子供を諦めなきゃならない人もいる。」

そう、本に書いてある。

私はまだいいってことか?


女にとって、子宮は単なる臓器のひとつではない。

いつか、子供を授かって母になるために、思春期の頃からブルーな生理と闘ってきた。

これも全て、いつか母になれると信じて疑わずに。


「子宮で考える」と例えられるように、

生物としてのメスの部分・・・いわば「脳」を取りますと宣告されたようなもの。

そのくらい大きな存在だ。


なのに、キミはこういう条件だからまだいいとか、

もっとかわいそうな人がいる?取っちゃえばがんは治るんだから!

ふざけるなと言いたい。

子宮を失うことに条件も程度もない。無くなってしまう事に変わりない。

どんな努力をしても、もうこの先一生、子供を授かることは決してない。


がんの治療中に卵巣機能がダメになって、ホルモン分泌すらも失われる可能性がある。

この年で更年期障害とは。

この現実をどう受け止めるべきなのか。



子供を見て辛くないわけではない。

赤ちゃんの泣き声に過剰に反応するようになったかもしれない。

幸せそうな妊婦さんと同じ産婦人科の待合室で、悲しくなったりもする。


でも、これから長い先、がんに勝って生きていくとしたら、

この辛さとも向き合っていかなくちゃならない。


子供を産めなくなった私が、ほかに出来ることを探して生きていかなきゃならない。


社会の中で自分が生きていくための目標

今まで以上に自分と向き合わなければならなくなった。
高額療養費について
調べてみると、私の手術で3週間入院すると、入院費の3割自己負担は40万円ほどらしい。

もちろん、病院によって違いはあるけど、だいたいこのくらいだろうと予測。


入院時に「健康保険 限度額適用認定証」の提示をすれば自己負担分のみ支払えばいいらしい。

早速、全国健康保険協会○○支部へ書類を送る。

後日認定証が送られてくるから、入院受付にそれを出せばいいってことだ。


思えば、入院費はすぐに払わなければならないけど、

以前は高額療養費も申請してからもらえるまで、立て替えておくものだったらしい。

それは、自由になるお金をいつも持ってることが前提なんだ。

何のための制度なのか?


医療保険は入院日額で計算して、あらかじめ予算を出してみる。

手術の種類で倍率が違う。

私の手術は・・・、大きい手術だった。

そうね、こういうのを見ると、大手術なんだなあと自覚が涌いてくる。

でも、女性疾病保険に入っておいて良かったと思う。

保険は万一のときのために、今はその万一のときだもんね。


入院準備に忙しいおかげで、

考えたくないことはあまり考えなくて済むのかも。
本を検索する。

体験記みたいな本を読んでみようと思い、

渥美雅子さんの子宮癌のおかげです―女弁護士の全摘57日間の記録

女優の洞口依子さんの子宮会議

リンパ節の郭清をするので、リンパ浮腫がわかる本―予防と治療の実践ガイド

をぽちっと購入。


手術日が決まって、残りの日を数えたらあんまり時間がない。

ありとあらゆる知識を詰め込んで、疑問に思ったことは先生に聞く。

不安なこともぐずぐず考えるより、さっさと聞くほうが早いに決まってる。


別に納得出来なかったら、

手術をキャンセルして納得いくまで主治医と相談すればいいし、

セカンド・オピニオンなり、代替療法なり、やればいい。


ただ、のんびり・・・というわけにはいかないね。

がん細胞は日々体の中で増殖しているかもしれない。


欧米は放射線療法が標準治療だとか、

「腺がん」には放射線が効きにくいから「重粒子線がん治療」(http://www.nirs.go.jp)がいいだとか、

短い間にひたすら自分の病気のことを調べた。


まずは「敵を知る」ことが闘いの原点のような気がする。

わからないから不安に思うわけで、わからないことは主治医に聞く。

でも、何がわからないかを知るためにはある程度自分に基礎知識が必要。

少しでも知る努力をすることで、主治医の先生と話していても”チンプンカンプン”にはならない。


「子宮癌のおかげです」はあっという間に読めるぐらい、文字も大きくて軽いタッチ。

病気の体験記なのに、暗くて重い「ありがちな空気」は全くない。

むしろ笑って読み終えた。

手術前後のことも面白く読めたし、不安が吹き飛んだ。

こういう受け止め方もありなんだなと、この本を一冊目にして正解だった。


「子宮会議」も読んだけど、こちらは私と年齢も近いし、

子供を持てなかった事などが自分と重なったりしてちょっと読むのが辛かった。


こうしてパソコンに向かって・・・本を読んで、気がつくと夜が明けて明るくなっている日が続く。
病気を誰に知らせるか
告知を受けて、治療方針が決まって、

手術日と入院日が決まったら、

休業中の仕事の予定を頼んでいくことと、

誰に病気のことを話すか・・・。


友達は結婚して子供がいる人もいるし、自分で会社を経営している人もいる。

それぞれ忙しいからいつも会うわけではない。

言いたくなければ言わなくても、しばらく連絡が取れないぐらいなのかもしれない。

病気のことを話すと、心無い言葉に傷つくこともあるかもしれないし、離れていっちゃう人もいるかもしれない。


でも、もっと大事なこと!

それは、がんは他人事じゃないってことだ!

子育てに追われてて自分の体の心配どころじゃない友達とか、

仕事が忙しくて体調不良を感じつつ病院にいくのを先送りにしてる人とかいるかもしれない。

私みたいに分かった時には既に遅かったら、臓器を取るぐらい大きな手術をしてつらい治療をしなくちゃならないかもしれない。

友達に、またその友達の大事な人たちに、

「すぐに検査しておいでよ!」と、

今まさにがんを告知された私が言うほど説得力のある言葉はないんじゃないかな・・・と思った。

治療が終わって元気になってからよりも、今なんだと思う。


でも、一番の理由は自分勝手なもの。

誰にも言わずに、ひっそりとひとり寂しく入院するなんて悲しすぎる。

みんなに励ましてもらって、笑って、元気をもらって、免疫力をあげて、ガンガンいく!

そして、がんに勝つ!


こうして、家族や友達まで巻き込んで、私の闘病生活は本格的になってきた。よおし、いくぞー!!
今後の方針
再度くわしく今後の方針を決める日。

病理検査の結果は

「子宮頸部腺がんの疑い」

ジャジャジャジャーン!!そうきましたか。

子宮頸がんのうちの「腺がん」は「扁平上皮がん」より、タチが悪いらしい・・・。

がんになるだけじゃ飽き足らず、タチの悪いほうですか、しかも。

”敵”もなかなかやるな。

それじゃ、先端の医療技術で対抗しなくては!

この間、検査代が3万円もするため躊躇したPET検査だけど、こうなったら転移とかちゃんと見といたほうがいい。

全身がほぼ一度に検査できるから、もしも手術前に転移が分れば方針が変わる可能性もある。

PETは各臓器の細胞の活動状態を撮影するらしく、CT画像と融合するとがんが光って写る。

そんな・・・光るっていうと、なんだかいいことみたいに思ってしまうけどね。

悪い病変ほど、よく光るらしい。

うれしくないよ、そんなの。

でも、楽しそうな検査だね、ふむふむ。

「新しい」とか「限定品」とか日頃から弱い私は、3万円をかけて

”敵”を光らせて見てみることにした。

PETの予約を入れてもらう。


手術は6月10日に決まる。

やっぱり腫瘍が大きいのと、腺がんの場合は治療が難しいこともあるようで、子宮体部は残せないから広汎子宮全摘出術。

全摘ね・・・リンパ節郭清もする。

術後に出る症状の説明を聞いて、結構大きい手術であることがじわり・・・じわり・・・わかってくる。

やるしかないんだけどね。
髪を短く
最近気温も上昇してきたし、長い髪形もそろそろ飽きた。

髪のダメージもあるし、入院中のことを考えて短く切る。

20㎝以上は切った。

カラーリングもして、トリートメントも。


抗がん剤の化学療法のことが頭をよぎる。

まだ抗がん剤の治療を受けるって決まったわけじゃないけど、手術を受けるとして、手術の前でも後でも、化学療法を選択した場合は抗がん剤治療を受けるのだ。

確実に脱毛はする。

髪が抜けちゃうなら長いより短いほうがショックも少ないかなあ。

とにかく、入院前にたくさんある準備のリストに「ウィッグ」を入れとかないとね。

短くしてさっぱりしたら、気分も晴れた!

やっぱり女はきれいにすると、モチベーションが上がるのね。

免疫UP!
内視鏡検査
「今日この後予約とれたから検査です」

と大腸内視鏡検査が決まる。

えー今日は診察だけのつもりでしたが何か・・・?



心の準備などとのんきな事は言っていられなくなっていた。

さっさと検査して直腸に広がっているかどうかを調べないといけない。

先生が模型で子宮と直腸の位置関係などを説明。


広がっている???

そんなに進行しているのだろうか・・・と一抹の不安がよぎった。

検査の段階であれこれ考えても、「今はまだ誰もー」知らないし分かりません。



いろんな検査があって楽しかったけど、この検査はちょっと趣が違った。

いつものようにキョロキョロ楽しむ余裕など全くない。

苦しいのと恥ずかしいのとで、早く終わることだけを願いつつ・・・泣きそうになった。

ユウウツな検査も角度を変えて、楽しめば嫌じゃなくなるしねーなんて思ってたのに。



泌尿器科の診察もあって、今日はぐったり。これからまだ長いぞ!

凹んでる場合ではないのだ。

サクサクと検査と診察をこなさなければならず。

よし、頑張るサクサク。
結果発表の日
今日は結果発表の日。


病理検査と、MRI検査、CT検査の結果は、

子宮頸がんの疑い

4~5cmぐらいの腫瘍があり、腫瘍マーカーの数値も高い。

子宮頸がんの治療法を説明される。


手術としては子宮を全部摘出する広汎子宮全摘出術と、

頸部だけ切除して子宮体部を残す広汎子宮頸部切除術があること、

治療法はほかに放射線治療と、化学療法とがあるという。



私のステージ(病期)は、Ⅰ期のなかのⅠb2期。

腫瘍は大きいけど子宮頸部にとどまってるらしい。


いっぱい調べておいた情報が、頭の中で壊れたレシートの機械みたいに、

次から次と下から上に出てくる。


見たことのある用語がどんどん出てきて、

悪い予感が的中したみたいだ。

調べておいて良かった。


おかげでそれほどパニックになることもなく、

ただ静かに説明を聞きながら、

がんの告知をされた割には冷静だった。



子宮頸がんの治療の流れという冊子を見ながら、ふと

「待てよ・・・まだ妊娠できるかも!」

と希望を持ったのも束の間、


頸部だけ切除する手術ができるのは腫瘍が2cmまで・・・って、

じゃあ私は4cmもあるからダメってこと?

えーーーーーーそうなのお!


「子宮を取るということ」は、「もう子供は産めなくなる」ということだ。

これはすごい結果発表だった。
CT検査
今日はCT検査の日。

G.W明けで混んでるのか、予約いっぱいでものすごく先になりそうだった。
でも早く検査して、結果を知りたいと言うと先生が調整して予約を入れてくれたのでした。

先生ありがとうございます。

「腫瘍よ・・・、キミはシロかクロか?」

そんな問いかけに答えることもなく、
しばらく続いてた下腹部の痛みもなくなったし、出血も止まってる。
静かすぎて恐いような気もする。

良性かもね・・・そうそう、ポリープかも!なんて、自分で上がったり下がったり。


造影剤の点滴を検査前に刺しておいて、造影剤は途中で注入する。

ぶわーっと骨盤あたりが熱くなり、入ってる感じが伝わってくる。

キレイに写ってるかしら?フフフ・・・

MRIは子宮周辺の腹部の臓器を撮影するためで、CTはリンパ節などに転移の可能性があるかどうかを見るためで、それぞれの画像検査には得意なところと不得意なところがあるらしい。
ふたつの結果を組み合わせて診断されるそう。
どっちも似たようなドームの中を通り抜ける間に撮影されるだけで、痛みもないし、これだけで体の中身が丸見えになるんだから、すごいものなんだあ・・・と感心するばかり。

そして、いよいよ来週は・・・『結果発表!』

あたりかはずれか・・・

なるようにしかならないから、ドンと構えて待っていようと思う。
ネットで情報収集
検査を受けて、ようやく少しただ事じゃない気がしてきた。

家に帰ってきて早速パソコンで検索する

-「子宮がん」-

たくさんの情報の中から、国立がんセンター「がん情報サービス」に詳しく載っていた。

この時、良性の子宮頸管ポリープなんていう可能性もありかなあ・・・と思い調べてみた。

たくさんのサイトをいろいろ調べているうちに、

「子宮頸がんは性交開始年齢が若い人、複数の男性と性交渉のある人がなる」

と書かれていることにショックを受けた。

リスクは確かに高くなる。でも、全ての人がこの原因とは限らない。

「性病の癌ですか?」などと、ひどいことを質問している人もいた。

それは違うよ・・・と、答えてくれてる人がいたので安心した。

そういう訳のわからない偏見とも立ち向かっていかなきゃならないのかと思うと、

まだまだ病気に対する知識や理解が少ないと感じた。

病気のことを何も知らない事からくる偏見は、どれだけ患者である人たちを傷つけているのか、ひどいことを言ってる人たちにはわからないんだろうな。

インターネットの恐ろしさ・・・顔も名前も出てないから、根拠が無くても好きなことが言えるのだろう。

ただ、私は病気の偏見やココロの痛みにまで耐えられるだろうか・・・ほんとに癌だったらどうしよう。

少しずつ不安を感じ始めてきた。
MRI検査
さっそくMRI検査の日。

ノーメイクなのが唯一ツライことぐらいかしら。


久しぶりのMRIだ。

MRIの機械をまじまじと見るチャンス!

海外メディカルドラマにはまってる私は、医療機器に興味津々。


MRIは痛みも苦痛もなく快適、20分~30分動けないことぐらいかな

(いやいや、それはそれで結構苦痛なのでは?)


でも、これでバッチリ体の中とかわかっちゃうんだぜー。

すごい。


造影剤を点滴で入れながら、腰で動かないように固定されていざ!筒の中へ・・・。


楽しい検査は終了です。

結果は後日・・・こうご期待!
はじめての外来
今日は、朝一番に外来を受診する。

この病院の外来は初めて。

自動受付・・・すごい、完全に自動のシステムだ。

へえ・・・進んでるなあ。

でも、おばあさんがどこを押していいか分らないみたい。

お年寄りにはちょっと不便な感じ。


診察が始まり、ひととおり先生の話が終わった後、

内診で組織を取る。

触ると出血するらしいので組織を切り取ると

結局また出血するようだ。


ええ、確かに精密検査ですから、多少の覚悟はしてきましたけど・・・。


主治医の先生は私の都合も聞きながら、

サクサクとパソコンで検査の予約を入れていく。

しばらくこないうちに、病院てこんなに進んだシステムになったんだ。


MRIとCTの予約を入れて、検査の詳しい説明を受けた後、

同意書にサインをする。


今の時代、なんでもかんでも同意書が必要らしい。

入院の説明、退院後の説明、検査ごとに説明、たくさんサインしたなあと。


これ、一部のモンスターペイシェントのせいだろうなあ。

などと、半日驚いたりプリプリ怒ったりしながら、

病院を後にしたのでした。
部屋の整理
退院してきて落ち着いたら、少し体調がよくなったので、

またこの先入院するとは限らない (と、この時は思っていた) けど、

出来るうちに部屋の片づけをしておこうと思い立つ。



クローゼットの洋服や、捨てようと思って片付いてなかったもの、

そしてなぜか・・写真。


入院するって決まってないし、まだ悪性って決まってないし、

なんでそんなもの片付ける必要があるんだろうか、と思いつつも、

今やっとくべきなんだろうと自分の直感が言っているらしい。



長年、たまりにたまった大量の写真を全てアルバムに整理した。

1993年から2003年まで実に10年分。

クローゼットもどこに何があるかわかるように整理しておかないと、

入院したらお母さんが困るよね・・・。


この時すでに嫌な予感がしていたのだろうと、

覚悟をする準備をしていたのだろうと、あとから思う。


思えばこれが、一番最初の入院準備。
とりあえず一旦退院
出血が止まったので、退院できることに。

うわっ、うれしい。

先生が大事をとって慎重に様子を見てくれたので、もう大丈夫。
これで、夜中に出血して起きることもなく、ゆっくり眠れるようになる。

そういえば、入院するまでかなりの寝不足・・・。
今回の緊急入院は、半月の寝不足を補って余りあるくらい、よーく眠らせていただきました。

いい意味で休暇になったんだなあと思う。

でも、止血剤と造血剤の飲み薬をもらったら、なんだか病気を意識せざるを得なくなる。

「そうだ、これで終わりじゃないんだった。」

休み明けから始まる検査や診察、とりあえず家に帰ったら情報収集をしなくては。

清志郎さん逝く
テレビで忌野清志郎さんが、癌で亡くなったというニュースやってます。

このシチュエーションで・・・

しかも病院のベッドで点滴しながら見たくはなかったなあ。

この人、亡くなっちゃったんだー。

若いと進行早いしねー・・・などとものすごく他人事。



いやいや私はまだ、悪性って決まってないし。

考えるのやめにした。



緊急入院から一夜明けて、慌ただしかった昨日とはまったく違う静かな朝。

今日からG.W.で、入院患者も少ないみたい。



でも、仕事の都合がつかない。

代わりの人がいない。

突然だったから、引継ぎも何も。


ずっと仕事のばかり考えて、右往左往する私。



G.W.明けの検査をずらしてもらえないか、先生に頼んでみた。

体のほうが大事でしょ・・・そうだ、その通りだ。

おっしゃるとおりです。


でも、代わりの人がいないと仕事が回りませんーーーー!


夜、一日中オロオロしていた私に会社から電話が。

「○○さん、来てくれるってー」

ああ・・・ありがとう。

これこそ、神の救い。
緊急入院
「○○さん、これは出血止まらないなあ・・・、今から○○病院にいってもらうから」

カーテンのむこうで先生がちょっと残念そうに、こりゃあダメだっぽく、

かつテキパキとそう言った。


診察を終えると先生が総合病院に電話をかけて、紹介状を書いてすごく急いでいる様子。


(なんでだろ・・・、出血は確かに多いけど!今までにないくらい多いけど!)


たしかに、ここ最近の出血量に驚いて産婦人科に来た。

検査して休み明け(明日から巷はG.W)に結果聞きにおいでねー・・・じゃないの?

ここでは診れないってことなの?

えーそうなのお?



総合病院に到着し、

「動かないでくださいねー、危ないですから」と

看護師さんがストレッチャーを押しながら救急の通路を進んでいく。


産婦人科の紹介の先生に経過を話し、診察をうける。

熱もあるらしい。

前から出血してるなら、貧血じゃないですか?

と言われたけど、自覚は無かった。


コトの発端の、不正出血は4月の中旬から少しずつ始まった。

いったん止まったので、ほっとしたら今度は更に大量になった。



「そうだよね、早く病院に行くべきだったんだよね・・・。」



慌ただしく人が行き交う救急センターの中で、

ひとり取り残されたように、変に冷静にそんな反省をしてみたりしていた。



結果は子宮頸部に腫瘍がある可能性があり、詳しい検査が必要であること。

出血が多いので止血のため、このまま入院になること。


「え?」


このままですか?

明日の仕事はどうしたら?

ゴールデンウィークは仕事なんです・・・。


救急センターの自動扉が開いたその先には、これからの長い闘病生活への道が続いていた。






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