2009年夏 子宮頸がんⅠb2期と宣告され いきなり癌との闘いに突入してしまった私の日記と記録
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ともだちってすばらしい。

仕事で代わりの人を探していると、見つけてきてくれた。

涙、涙、涙・・・


もう、今月中に見つからなければ手術を延期するしかないところまできていた。

仕事と命とどっちか選べるか?会社つぶれるぞ?

わたしにとっては究極である


そこまで、しなくてもさ・・・と思いそうだが、本当に代わりの人が見つからなければ

見つかるまで私は仕事をこなさなくてはならない状況だった。

たとえお腹が痛かろうと、出血でふらふらになろうとも。



会社の危機管理が全くなっていない。反省しても今更である。

手術が出来なくても、自業自得だ。

そんな切羽詰まった状況で、やはり頼りになるのは

ともだちなのだ

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生きる目標は・・・
子供が産めなくなる事・・・。

私にとっても、家族にとっても、大きな問題だった。

両親もいつかは、私が産んだ孫を見られると思っていたに違いない。


「妊娠中にがんだと分かって、子供を諦めなきゃならない人もいる。」

そう、本に書いてある。

私はまだいいってことか?


女にとって、子宮は単なる臓器のひとつではない。

いつか、子供を授かって母になるために、思春期の頃からブルーな生理と闘ってきた。

これも全て、いつか母になれると信じて疑わずに。


「子宮で考える」と例えられるように、

生物としてのメスの部分・・・いわば「脳」を取りますと宣告されたようなもの。

そのくらい大きな存在だ。


なのに、キミはこういう条件だからまだいいとか、

もっとかわいそうな人がいる?取っちゃえばがんは治るんだから!

ふざけるなと言いたい。

子宮を失うことに条件も程度もない。無くなってしまう事に変わりない。

どんな努力をしても、もうこの先一生、子供を授かることは決してない。


がんの治療中に卵巣機能がダメになって、ホルモン分泌すらも失われる可能性がある。

この年で更年期障害とは。

この現実をどう受け止めるべきなのか。



子供を見て辛くないわけではない。

赤ちゃんの泣き声に過剰に反応するようになったかもしれない。

幸せそうな妊婦さんと同じ産婦人科の待合室で、悲しくなったりもする。


でも、これから長い先、がんに勝って生きていくとしたら、

この辛さとも向き合っていかなくちゃならない。


子供を産めなくなった私が、ほかに出来ることを探して生きていかなきゃならない。


社会の中で自分が生きていくための目標

今まで以上に自分と向き合わなければならなくなった。
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