2009年夏 子宮頸がんⅠb2期と宣告され いきなり癌との闘いに突入してしまった私の日記と記録
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退院
2009-06-27

午前中退院。

腰が痛いから、体は曲がったままナースセンターにお別れの挨拶。

残りの荷物は母が持ってくれて、やっとのことで自宅に帰ってきた。

自分の荷物ひとつ持てないなんて情けない・・・。


おっと、また落ちてますよ、キミ 

なんだか、せっかく退院できたのにもっと喜べば?

苦しみの大部屋から解放されて、やっと自分の家に帰ってきたというのに。


20日ぶりの自宅は基本、「個室」なのでイライラせずとも休めるし、夜も眠れる。

味の薄い病院食から、シャバの美味しい食事になるので、少しは食べれるようになるかな。


食べないほうが、少し体重が減っていいんだけどね 
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第1クールはじまる
2009-06-26

こんなにメンタルで落ち込んでる私に、

さらに抗がん剤を打ち込むなんて・・・

・・・・残酷だね

痛みのせいで、かなりマイナスに考えている。



こんなスタートじゃなかったはずなのに!

明るく元気に頑張るぜーぐらいに、楽しく

『化学療法!記念すべき第1クール』

を迎えるはずだった。

ま、病人のわがままといわれればそれまでだけど。



今日は「パクリタキセル」と「カルボプラチン」のダブル投与。

アレルギー予防や、吐き気止めの点滴をいれて、さらにゆっくり投与して、合計5時間かかる予定。

点滴はもう慣れた。でも、今日のは血管外へもれると非常にまずいらしい。

それほど恐ろしいものを体に入れるわけだ。



具合が悪いのは点滴のせいではない。

腰が痛いというだけで、起きてても寝てても、どうしようも出来ない。

しかも治療はどんどん続く。


こんなんで、私はこの先がんと闘っていけるのだろうか・・・。

今日はこうして下がっている情けない自分に腹を立てながら、

恨めしい抗がん剤の点滴を見つめつつ過ごす。


明日退院なのに、こんなことでどうする!
腰が痛くてたまらない
2009-06-25

既にこの6月分は実際には後から書いているけど、この時はもうノートにすら何も書かれていない。

傷みがひどくて、何も出来ないからだ。

出るものも出ない。食べられない。

腰の痛みがひかない上に、相部屋で夜は眠れない。

朝早くから1日中誰かがベッドに張り付いている迷惑な向かいの患者のせいで、昼間もうるさい。


ほんとに 常識のない人と同じ部屋 になると、こんなにも最悪な状態なのかと思う。

手術は大変だ。そりゃあ大変だ。

どんなに簡単な手術でも、どんな人にとっても大変なことだ。

それは私も経験済みだから、大目に見てあげたい。

でも、一日中誰かが張り付いていて、しゃべり続ける元気が、患者であるあなたにあるなら、

その付き添いの人は必要なのか?

そこに1日中いる必要はあるのだろうか?



さすがに普段は心の広い?笑顔を絶やさない?こんな大人な私でも?

さすがにこの人には辟易した。

もう2度と大部屋はごめんだ。


いい人と同じ部屋になるのも、やはり確率の問題なんだと。

今の私はあんまりいい確率に恵まれてないみたいだ。

調子が悪かったので、かなり落ち込んだ。

環境って大事だね。
民族大移動
2009-06-23

「○○さーん、元気だから4人部屋に移ってくれる?」と、

病棟師長さんが優しく、そして絶対的に仰いました。


希望は確かに退院まで個室。

でも、手術の人が入院されるとなれば、2週間前の私のためにきっと誰かが空けてくれたであろう、この個室。

・・・・・名残惜しいけど、空けます。


すごい荷物の数・・・。増えている、確実に。

みんな個室だから安心して?すごいことになってる。



出来れば前日にこの宣告をしてほしかった・・・。

冷蔵庫は満タン。本と雑誌と花とフルーツもたくさん。

何より、私が持ち込んだ「快適グッズ」が多い。

結局、暇な時などなく、入院患者は結構忙しい。

持ってきたそれらのグッズは、もう邪魔モノになりつつある。


病院にお勤めの友達の「何でも持っていっちゃダメですよお!」

そうか、彼女の助言はこういう意味だったのね。

個室だからと安心した私が甘かった。


でも、3日前から調子が悪い、傷みもある。

荷造りをしていると脂汗がでてくる。

何が海外旅行のように準備したら楽しい!だ。

すでにリモワのキャリーケースすら重たく感じるぞ。



そうして病棟看護師さん総出で、私の大量の引越し荷物は運ばれていったのだった。

ごめんなさい、みなさん。



しかも、一番奥の4人部屋。硬いマット、もちろん手動ベッド。

ベッドまで個室のそれとはグレードが違うのかな・・・これぞまさしく『差額ベッド代』か(笑)?


4人部屋ね・・、元気なら楽しそうだけど、腰の痛みが日に日にひどくなる私には拷問だ。

己の限界を感じつつ、でも筋肉痛だからシップでも貼っとく?

私の体、おかしな角度で曲がってるもんねー。



開腹手術をすると、傷をかばって猫背になったり体が左右に曲がってるらしい。

実際、鏡で見ると確かに曲がって立ってる。

先週、歩けるようになったからと必死に曲がったまま歩いてた。

術後ずっと寝てたせいもあるらしい。


我慢するしかないか。

背中の痛み
2009-06-21

昨晩から左下腹部と左の背中、腰が痛い。

痛み止めを飲むものの、2時間できっちり切れる。


当直の先生がエコーで検査をしてくれる。

でも腎臓に腫れもないし、ビビッてた腎盂腎炎ではない。

よかった。 結局、異常は見つからず。

最近動くようになったからね・・・ってことで終了。


ところで、今日は日曜日。朝から主治医の先生も、担当の先生も、

「どう~?調子は~?」

と見に来てくれる。そういえば、先週は術後の痛みでそれどころではなかったけど、

2人とも、

先生って・・・一体いつ休んでいるんだ?


産婦人科のお医者さんは激務。

平日は外来と手術や分娩に追われて、合間をぬって病棟に入院患者を見に行く。

ほとんど朝と午後と2回も。しかも、出産は夜もある。

土日だってこうして病棟まで様子を見に来てくれる。

「センセー、私、ちゃんといい子にしてるからー!休んでくださいー!」



病人の私が心配することではない?

いいえ、病人になったから心配してるんですよ。

お医者さんほどではないが、病気になるまで無理していたであろう自分。

そもそも、無理していた事に気づいてなかったといったほうが適切か。


仕事は大事だけど、休めないからといって体を酷使してストレスフルな限界生活を続けていたら、

体か精神か、どっちかが壊れてしまう。

私は、主治医の先生が倒れたら悲しくて泣いちゃいます。

『頼りにしてますからー!』
リンパ浮腫のカウンセリング
2009-06-19

リンパ浮腫の予防と、リンパドレナージュ、弾性ストッキングの購入方法(保険適用可能)の説明を受ける。

手術で命が助かったんだから、術後の後遺症は仕方が無いと、長年見過ごされてきた「リンパ浮腫」。

私がいま、入院中のベッドにいながらにして、リンパ浮腫の説明と対策をしてもらえるのは、

先人の苦労があったからこそと思う。


実際、重症化すると足が異常にむくんで太くなり、むくみが戻らなくなる。

進行すると歩行困難になったり、感染症を起こして生活に支障をきたす。

こんなひどいこと、なぜ今までほっとかれたのか・・・と怒りを感じたが、

命に別状はありませんので・・・と言われてしまえば、それまでか。



私は、早いうちからこの「リンパ浮腫」について、主治医の説明を受けていたので、

自分で本を読んだり、ネットで情報収集をしたりと、手術前にいろいろ調べることが出来ていた。

そのため、むくみ始めた時には「きた、きた、むくみ始めてきたねー」といった感じで、

落ち着いて早めに対処出来たと思う。


自分の体の内面の変化は、感じ方もあるだろうけど、いかに自分が早く気づくか・・・なんだろうね。

足がむくむなんて自覚症状は、おそらく初期の段階では自分にしか分からない。

いかに、自分の足の変化を注視しているかが、リンパ浮腫を重症化させないポイントだと思う。
数字の意味
2009-06-18

リンパ節に転移しているのは、子宮頸癌の何%か・・・?

素朴な疑問だ。


確かに自分は果たして何人のうちの何人ぐらいの中に入るのか、成績みたいだ。

『○番/全国』といった感じかな。

気になることは気になる。子宮頸がんにも「腺がん」が増えてきているそうだ。全子宮頸がんのうちの約1割。


<「腺がん」のほうが治療の難しいがんとされる。抗がん剤も、放射線も効きにくいからだ。腺がんの人100人のリンパ節郭清をしたら、リンパ節への転移が1~2人に見つかることがあるという。(がんサポート情報センター

ということは、リンパ節に転移している確率はあくまで、

「手術でリンパ節の郭清をした腺がんのうち」、1~2%ってこと。



抗がん剤の『奏効率』というのもある。

これは、この抗がん剤を使えば、あなたの全てのがん細胞を消してくれて、あなたのがんは完全に治りますよーという数字ではない。

この抗がん剤の治療が効いた症例が○%ありました。

だから、この抗がん剤を使うことで○%は効く可能性があるかもしれません、といった感じだろうか。


病理や、CT、MRIを使って判断して、効いているかどうかを検査する。

だから、自分には効果が無い場合もある。


それでも、抗がん剤の進歩は目覚ましいらしい。きっと、治る確率は確実にUPしていることだろう。



あとは、『5年生存率』。

Ⅰ期=83.2%、Ⅱ期=63.0%、Ⅲ期=39.2%、Ⅳ期=13.0%

(日本産科婦人科学会2004年報告。1981年~1990年の全国168医療施設の治療成績の調査の集計)

私は、Ⅰ期だから83.2%だー!大丈夫だわーと素直に喜べない。

残りの16.8%は生存してないわけだからね。


人はとかく数字で表したがる。

表した「大丈夫な数字」の中に、自分が入っていたいからだ。

多数派だったら安心だからだ。


でも、絶対なんて無い。

私がどっちに当てはまるかなどということは、誰にも分かるはずが無い。


だから、知ることは大事だけど、数字だけを気にするより、今、自分が出来る治療をやるしかない。

成績発表は抗がん剤の治療が終了した時であり、定期健診を受けた時であり、5年後に自分が生きているかどうか。

それだけだ。


でも、病院でいろいろ考えてると、数字は気にはなる・・・確かに。
術後7日目
2009-06-17

総回診・・・白い巨塔みたいだ。

財前はどこだ?


部長先生がどどーんとやってくる。

この前の偉そうな先生より、すごくソフト路線だ。

やはり最近はお医者さんもソフト路線なのかな。

病気でくじけてる私にはこのソフト路線がありがたい。



今は毒舌に耐えうるだけの気力がない。

病気のことを話せない人の中には「毒舌な人」も含まれる。

元気なときは対抗して楽しめる毒舌トークも、本気で落ちてるときには些細な言葉が

深く胸に突き刺さる。

自分もこれからソフト路線に転向しよう。


午後から手術で取り出した臓器や病理検査の結果が出た。

「あまりいいお知らせではないのですが。」・・・確かに。

腫瘍の大きさは6cm。リンパ節にも転移があり、腺がんだけでなく扁平上皮がんの成分もみつかる。

混合型ってまた、ややこしいじゃないの。

少数派じゃないのそれも。偏屈なのね・・・。

浸潤もいろいろ見つかる。もっといい物が見つかるならいいのにね。


「自宅庭から現金3億円!!」

「忘れていた宝くじの当たり券!!」
  などなど


これで、術後の化学療法が決定する。

抗がん剤は2剤併用プラン「パクリタキセル」と「カルボプラチン」を、

ひとつは1回で、もうひとつは3回に分けて投与する。

トータルで4~6コースくらい必要。


6コースって6ヶ月ってことだよね?

いやー、切ったら終わりでないのね。


予測はしてたけど、改めて告知された気分だね。


骨髄抑制、脱毛、筋肉痛、関節痛、抹消神経障害、卵巣機能不全(卵巣は残したからね)、嘔吐、吐き気・・・・

おー副作用もただものでない。

来るならこいだ!
術後6日目
2009-06-16

今日は抜糸をする。

午後から担当医の先生が「抜糸するよー」と処置をしてくれる。

Dr.「傷、きれいだねー、若いからかなあ。」

私.「先生が縫ってくれたんですか?」

Dr.「うん、そうだよ。」

私.「じゃあ、サインしといてください。」

Dr.「そこまできれいとは・・・いかないかなあ。」

・・・・・そうですか、ぬか喜びですか。


私.「もう少し、お腹凹んでないかなあって期待してたんですけど。」

Dr.「うん、それは別ね。」

・・・・そうですか、オプションですか。


結局19針、しっかりはてなマーク延長バージョンの傷がありました。

チクチク痛かったけど、他のところの痛いのに比べたら大したことは・・・でも痛い。



今日は朝の4:00に導尿のため起床。

眠いから、散歩はやめようかと自分に負けそうになるのを、

今日のテーマソングをMr.childrenの『Innocent World』からスタートに、

i-podを聞きながらテンポ良く病棟の廊下を何往復もする。


テンポのいい曲だと、歩くのも楽しい。


傷が痛くて人とぶつかるのが恐い(お見舞いの人とか、足腰元気な患者さんとかが普通に歩いている)ので、聞き耳は空けてある。


看護師さんが、「えらいねー」「頑張ってるねー」と励ましの言葉と素敵な笑顔で、忙しくすれ違っていく。


ときどき、大部屋の楽しい会話が聞こえてきて、大部屋も楽しいかなあ・・・と思ったり。

おっ?余裕がでてきたかな?


ときどき、水分補給をしながら、歩くだけで汗びっしょりになって、ぐるぐる1時間半。


動けば腸も動くからいいんだぜ。ぐるぐる~。
術後5日目
2009-06-15

今日は流動食という名の宇宙食にも少し慣れてきて楽しんでいる。

どうせ食べるならいやだなーと思って食べるより、

流動食は常食への通過点で滅多にお目にかかれない代物なのだから、楽しむべき。


昨日から「おもゆ」を食べる?飲む?んだけど、

ふと、患者に合わせて違う種類の食事を作ったり配膳したりするのって、大変だなあと思う。



あさ9時に導尿していた管が取れる。

点滴も外れ、体がフリーーーー!うれしいー。

動くのも、管が無かったらとてもラク。

これで頑張って歩くぞ。



管が外れた瞬間から、排尿障害と闘う。

まずは、自分で出せるかどうかが始めの一歩。

4時間おきに尿意が無くてもトイレへいって、その後看護師さんにカテーテルで導尿してもらう。

1日6回、かなりの苦痛であることに違いない。


「はー分かってた事だけど毎日だと辛いよね・・・」と、落ち込みつつ

1時までは出さなきゃ出ないんだろうなーと思っていたら、

管をはずして1時間後、気のせいかと思ってトイレに行くと、出た。


あれ?気のせいではないみたい。

「やったーーー!」出ないと思ってたからすごくうれしい。

なんだかこの後の闘いに希望の光を見る。



午後から妹にシャンプーをしてもらい、久々にすっきりした。

体は起きれるようになってから拭いてもらってたけど、首に点滴の管があってシャンプーは術後初めて。

駅前のおっさんみたいに頭がねっとりしてきたらショックだ・・・と思い始めてきたところだったから、メンタルでもうれしい。
こんな姉の髪を文句ひとつ言わずに洗ってくれた妹よ・・・

ほんとにありがとう(涙)。
術後4日目
2009-06-14

”病棟内を自由に歩くことが出来ます”・・・と、説明には元気に書いてある。

よし、なら歩いてやろうじゃないのよ。

「自由に」とは、まだいかないけど病棟の廊下を往復できた。


朝は自分で、部屋の洗面台でうがいと歯磨きをした。

ベッドの上でうがいだけじゃ、口の中が気持ち悪い。

やっと、不快感を感じる余裕が出てきたってことだ。


ガラガラと点滴のタワーを引きながら、歩く。

体からワラワラいろんな管が出てるから、気をつけないとドアノブやふとしたところに引っ掛かる。


昔は、すてきなダーリンがふいに引っ張ってくれたものだ。

今や点滴の管とはね・・・・



やっと出た出たヤッターマン。

昨日のギャル曽根ちゃんのおかげだ、きっと。


朝、先生に話したので、お昼から食事が出ることに。

腸が動いてガスが出て、少しずつ回復してる感じがうれしいね。



母の今日のメモにはまた、「バスガス爆発」の文字が・・・・。

「ガスバクハツする」と記入されている。



うん、ママさ、爆発はしてないかもね。噴出してるだけだよ。

爆発したら、お尻・・・焦げちゃうじゃない?ま、いっか。



そんな母のメモは、あとから読み返すとおかしくてたまらない。

普段は真面目な人が、ガスについて真剣に?メモを取る姿がまたおかしい。

でも、そんなおかしい母にもかなり救われる。

母は、私の告知から手術の前までは「必ず成功するから、大丈夫だよ、大丈夫。」と言いながら、青白い顔して泣きそうだった。

普通に家事と仕事を両立しながら、でもココロは疲れてたんだよね。


心配かけてごめんね。


頑張って元気になるから、今度は旅行に行こうね。
術後3日目
2009-06-13

(母のメモより) 

-痰がからみ、なかなか自力で出せない。

傷みは静かにして動かなければいいが、少しでも体を横にしたりするとピリピリ・・・・。

自分でベッドの上で座ったり、横で立ったりしている。

今のところまだ、ガスが発火しない(『バスガス爆発』せず)。

今日は土曜日だから?「歩け!」「歩け!」の指示があまりない。-



このメモを読んで、爆笑した。

「バスガス爆発」ってさ、母・・・、ガス待ちの私だけど確かに。

なんか、病室でこそこそ書いてると思ってたら、こんなことを・・・。

おかしくて、笑ったら傷が痛い。でもすごく(笑)。


「バスガス爆発」の早口は甥っ子が「ばあちゃんこれ出来るー?」と言って、母に言わせてたもの。

甥っ子と姪っ子はいつも我が家に笑いをもたらしてくれる。

彼らのおかげでどれだけ救われたか分からない。子は宝です。



日頃から少し、滞りがちな私は、きっとただ待っててもガスは出ないだろうと思い、

午後からギャル曽根ちゃんの番組を見ることにした。

彼女の食べっぷりに私のお腹が反応しないかと思って。

10日から3日間何にも食べてない私のお腹は空っぽ。

きっと、メンタルから攻撃すればお腹は更に動くに違いない。



その番組は高速のサービスエリアを順番に訪ねて食べ続ける。

メニューは言わば、B級グルメも多いんだけど、

ものすごく美味しそうに、食べる、食べる、食べる


おかげで私も、何か無性に食べたいと思うようになった。

ギャル曽根ちゃんのおかげだね、ありがとう
術後2日目
2009-06-12

(母のメモより) 

-ベッドを起こして少し座った状態にし、ベッドから立ち上がる。

午前中ナースセンターまで歩く。すごい!

お腹のドレーンを抜く。依然として吐き気がして、熱38度以上あり。

歩いた後から傷が痛くなり我慢できなくなる。

午後からは2~3歩歩くと激痛が走り、”歩き”はストップ。-




痛くても、多少辛くても、やっぱり歩かないとね。

動かないと体は元には戻らない。

先生と看護師さんが付き添ってくれるから安心だけど、私にとっては人類初の月面着陸の第一歩みたいに重く、そしてうれしかった。

動けることが何よりうれしい。
術後1日目
2009-06-11

(母のメモより)

-昨日より少し楽になるが、終日熱があり、まだ頭痛(厳密には頭の皮、髪が引っ張られているような感じ)、

右足のヒザ下が痛む。吐き気あり。-




体から出てる腹部のドレーンからは体の中の排出液が出てる。

おしっこの管はずっとついてるから、常におしっこがしたい感覚。


点滴は腕からと、背中に硬膜外麻酔と鎮痛剤が、首にも点滴が入ってる。

ワラワラと管が出てる、少し情けない格好だ。

でも、私はアスピリンアレルギーのため、普通の鎮痛剤は使えない。座薬もダメ。


そのかわり背中の鎮痛剤を通常の人より2日ほど長く刺しとくらしい。

そーか、アレルギーってこんな時も困り者。



今日は起き上がるのは無理みたい。

手術の傷の痛みや、お腹の辛さもあるのに、その上足の痛みとお尻の痛みもずっと続いてる。

なんで、こんなところが痛いのか、怒りでイライラがつのる。
手術成功
手術が終わって目が覚めると、一瞬何秒しか経ってない錯覚になる。

麻酔の間は何にも覚えてないんだ。

(当たり前?覚えてたら恐いよ)


次の瞬間、「いたーい、足が痛い、お尻が、頭の皮がー。」

うるさい!ほんとにうるさい!

私、こんなに元気なら絶対手術は成功だろうね。


傷のほうが痛いかと思ってたら、しっかり痛み止めが効いてるので、傷はまだ大丈夫。

それより長時間の手術で重い体に圧迫されたために坐骨神経痛か?

日頃なんともない神経がプリプリ反応している。


ワラワラと体中から管が出てる。

ははは、捕まえられた宇宙人みたいだ。


手術後の説明を聞いてきた両親と、妹と、私を覗いて元気な私に安心したよう。


手術は午前10時から7時間で終了。ほぼ予定どおり。

これ以上長くかかることも言われてたので、とりあえず安心。



病室へ戻ると夕方の6時になってた。

日付変更線で1日ぶっ飛んだみたいだね。

なんだか妙な気分・・・と考える暇もなく、痛い、とにかく痛い。

ひざ下の外側が火傷したみたいに、ヒリヒリ、ビリビリ。


妹に手術後の説明の時、摘出したモノの写真を撮ってくれるように頼んでおいた。

「先生がこんな板みたいなのにくっついてるのを、持って来てくれたよー。」

と撮影のエピソードつき。


母が病室では眠れないので、妹が泊まりで付き添ってくれる。

仕事もあるのにごめんねー、でもすごく心強いよありがとう。
手術
2009-06-10

朝から忙しい。

動けるうちに、最後のトイレにいく。

ベテランで母と同じ年頃の看護師さんが出血を見て母のように優しい言葉をかけてくれる。

ううう・・・手術前は泣かないって決めてたのに。

フェイントだ。

看護師さんはすごい人たちばかり。改めて尊敬する。


着替えを済ませて、泌尿器科で尿管に管を入れてもらうと、それ以降は歩けなくなる。

尿管を手術中に傷つけないために、あらかじめ管を入れてその管の感触を確認して、手術を進めるんだって。

戻ってくると母が病室に来ていた。

「今日1日手術が終わるまでずっと心配しながら、病室で何してるんだろうな、お母さん・・・。」

こんな時、頼りになる旦那がいると、母の負担はいくらか軽くなるのに。

ほんと、親不孝な娘です。



慌ただしく看護師さんが病棟から手術室へ送る準備を始める。

エレベータで階下の手術室に向かう。

母とはエレベーターホールでお別れ!

「じゃあねーいってくるねー」

明るくバイバイをして、エレベータへ。


既にメガネを取ってしまっているので、全てが完全にぼやけている。

手術室に入ると、名前を確認して手術室の看護師さんへ引き渡される。

体が重いので動かすのに何人くるか心配していたが、

電動のステンレスの板がウィーンと出てきて、私は食品加工工場の肉?みたいにストレッチャーへ乗せられた。

ちょっと安心。

イマドキの病院は看護師さんの負担もちゃんと考慮されてるんだね。すばらしい。


手術室の中をもっといろいろ見たいのに、メガネがー・・・・・。

見たかったな、めったに入れないし、医療機器とか、手術室の様子とか・・・

あーーーーショック。


海外のメディカルドラマにはまってる私は、異常に検査や医療機器、グッズに興味がある。


そんな、のんきな私に麻酔科のドクターが

「手術室が見たかったって?それなら大丈夫だね。はい、これ入れたら眠くなりますからねー」


次の瞬間意識がなくなった。
手術前日
2009-06-09

昨日はあまりよく眠れなかった。

入院前日まで動きすぎたからか、夜中に久しぶりの出血。

「お、最後のあがきですか?キミ、もうあさってには切り取られて無くなっちゃうんだよ。」

なんだか、まだ捨てられたくないよ助けてって、助けを求めるかのように。


4時には目が覚めた。

i-podでクラシックを聞きながら、静かに目を閉じて、心を落ち着ける。

ショパンのピアノで闘いの覚悟を!バッハのやさしい旋律は疲れたココロを癒す。


手術の準備で、今日は結構忙しい。

寝不足でもボケっとしていられない。

明日からしばらくは自由に動けないから、今年の夏の分のそうめんを注文する。

毎年美味しいそうめんを友達に届けてもらうので、携帯をかけに面会ルームまで。

入院してることを言うと、びっくり。

大丈夫!また元気にシャバへ戻るから。


午前中にシャワーをして、午後から点滴が始まる。

2時から腸の中を空っぽにする『ムーベン』という下剤を飲む。

微妙な薄いレモン味で、冷やして飲みやすくしてある。

始めはおいしくグビグビ飲んだ。

1.5リットルまで快調に飲んだあたりで、あとの500mlがどうしても進まない。


ううう・・・。2時間で飲まないといけないし、のんびりしてると・・・・

トイレタイムがはじまっちゃうぞ。


午後からは完成した千羽鶴を持ってきてくれた友達と一緒に、

減らない下剤を見つめつつ、頑張って飲んだ。

一緒に励ましてくれる人がいると辛いことも頑張れるね。

ありがとう!

これで明日の手術頑張るよ。


ベッドに寝ててもすぐ見られるように、千羽鶴はベッドサイドに移動。

窓の光もあたって、殺風景な病室が一気に明るくなる。

いろんな色があると、自然と笑顔になる、カラーって大事だね。


「注腸食」というとても美味しいとはいえない夕食のあとは、それ以降食べれなくなる。

24時以降は飲んだりできない。

不安と緊張で眠れない人もいるよね。

いつもは飲まないけど今日は抵抗せずに眠れる薬を飲んで、熟睡しよう。
千羽鶴
2009-06-08

同期の友達が千羽鶴の画像を見せてくれる。

半分つながったけど、あと半分つなげてる途中だって。

うううう・・・だめだ・・・こういうの

涙・・・



千羽鶴なんてもらったことないし、なにより

鶴が千羽いるってことは鶴を千羽折ったってことだ 



もう、手術の不安とか術前のまずいご飯なんかに文句言ってる自分が恥ずかしくなってきた。

ありがとう、ほんとにありがとう。

頑張るよ。元気になって早く一緒に美味しいもん食べにいこうね。

初日から心強いよ。

みんなありがとう
入院の日
2009-06-08

今日から入院。

ちょっと?荷物が多いような・・・。

キャリーケースとボストンバッグと化粧ケース。

キミは一体どこへいくのか?

(海外旅行にでも行く気分で用意しなきゃ、ブルーになるわよ!)



楽しく準備したかいあって、相当な量のグッズが揃いました。

個室を希望していたので、荷物をほどいたら既に私のサロン。

みんな、早速お見舞いありがとね。



主治医の先生と、もう一人の担当の先生が紹介されて、母と妹が手術の説明を聞く。

手術の跡が「はてなマーク」になるか聞くと、「はてなよりまだ上に延びるよー」と先生はいつも爽やかで優しい。

そういえば、初めて「子宮頸がん」と告知される時、先生の顔は沈んで見えた。

やっぱりお医者さんも告知するのは大変なんだなあと思ったものだ。


私の主治医は若い先生で、私より若いのかな?もしかして。

全然偉そうじゃなくて、ソフト路線だ。

最近の産婦人科の先生はソフト路線なのか、たまたま私の担当の先生が2人ともそうなのか?

ほんとに優しい。

良かった、2人ともいい先生に恵まれて。
宝くじ
2009-06-05

病気になった確率を考えると・・・・、

宝くじを買いに行かなくちゃ!

販売が今日までの、ドリームジャンボ宝くじ。

連番1セットと、バラ2セット、買っちゃいました。


奮発!


入院にお金が必要だから、宝くじなんて・・・と思いそうだが、

この確率にかけてみようと思う。
アイバンク
2009-06-04

万一、手術中に何かあったら、もう戻ってこれない?

と考え、いろいろな策を講じる。

死亡保険金の支払いのこと。

もしもの時の親への手紙。

そして、私の遺志


考えすぎと思うなかれ・・・。

出血多量で私の血が止まらなければ、万策尽きて生還できないこともあるわけだ。

それは、お医者さんのせいでは絶対無いし、はかなくも私の運命である。



そういうことを事前にちゃんと家族と話し合い、もしもの時は絶対に訴えたりせずに、

私の遺志にそって、静かに見送ってください・・・ということを、

冷静なうちに話すべきと思う。



私は、11年前から、臓器提供意思表示カードには、1,2、に○、臓器全てに○している。

使える組織まで、すべて。

今回、がんにかかったことで、角膜以外の臓器提供は難しいらしいということを知った。


当たり前だ。

がんになった危ない臓器なぞ、誰が欲しいか?


そこで、臓器提供意思表示カードで十分なのでしつこいようだが、

あえて!アイバンクへ登録した。


そのほうがわかりやすいしね。

私の遺志は、

「燃えて灰になるくらいなら、

一生に一度、誰かの役に立ちたい」。



ただ、それだけなのだ。


ともだち
友達が壮行会を開いてくれた。

飲み会がしたいと、私が要求したんだけど、

みんな忙しいなか時間をつくって集まってくれた。

みんな・・・ありがとうーーーーー!


免疫力アップには友達とこうやって楽しく飲むのがいちばん。

美味しいお酒を飲んで、笑って、食べて、あっという間に時間が過ぎた。

しばらくはお酒飲んじゃだめなんだよね・・・きっと、

いや絶対!
入院準備
2009-06-02

同じ病気の方のサイトを見て、あったらいいなって言うモノをかなり揃えた。

ここで、それ以外に私の独自のグッズは「宝くじ」。

病気になる確率を考えたら宝くじもあたるかも・・・って。

そう、買わなきゃあたらないんだよ、宝くじは。

退院して、宝くじを調べにいくのだ。

そう、お金は無いよりあったに越したことはない。


あと、普段は2weeKの使い捨てコンタクトだけど、今回はワンデーを用意。

保存したりする手間が省けてラクチン。

病院内は乾燥してるから、目薬は必ず持ってく。


お尻ふきと、汗ふきシートも必需品。

看護士さんがタオルで清拭してくれるから、ほかはいいとして、

脇と首筋ぐらいは汗をかいたらすぐ拭いとくと匂わない。

お尻も清潔にね。



洗濯物を持ち帰るのに、私はエコバックを持参。

紙袋はガサガサ音がして、大部屋などは他の人にも迷惑だし。

ナイロン袋もなるべくガサガサしないものを用意。

スリッパより、サンダルが便利。あとで、外で履けば、捨てなくてもOKだし。

i-podはこっそり持ってく。テレビばかりだと高くつくし、だいたい1日中面白い番組をやってるわけがない。

思ったことを書き留めたり、自分の気持ちを色々整理するのに、ノートは必要。書くと自然と落ち着くことあり。

お見舞いに来てくれる友達のために、冷蔵庫に飲み物をストックする・・・など。


持って行き過ぎてこのあと、大変なことになるんだけど、それは

準備中の私はまだ知らない。



あとは、術後化学療法をする場合は、『ウィッグ(かつら)』と帽子は必要。

入院中に第1回目の抗がん剤を投与することになると、副作用の脱毛はおよそ10日後から始まる。

これも副作用の血液の白血球の減少が出始めると外出も難しく、自由に買物へ行けるとは限らない。

脱毛が始まってからだと、何よりもそのことがショックで買物どころじゃなくなる。


入院中に化学療法が決まれば、病院でも買えるみたいだから、それでもOK。

売店で注文可能な病院もあり、病棟にパンフレットもあり。

化学療法が決まってから家族や友達に注文を頼む方法もあり。


でも、私は経験から、入院する前の時間と気持ちに余裕があるうちに、

どれを買うかぐらいまでは決めておくといいと思う。

私は、いつもの美容院で購入。

医療用ウィッグを取り寄せてくれた。→医療用ウィッグ「フィットミー」

4万円弱の定価・・・。結構な出費だね。

でも、どれを買うか決まっていれば無用に慌てる必要もない。


そして、きれいにすることで気分も晴れるし、何より免疫力がアップする!

そう、マイナスばかりに考えないで、

何をすれば快適に闘病できるか・・・これはとっても大事。
母の疑問
入院前の最後の外来診療の日、両親を連れて行く。

私は独身のため、説明を聞いてもらうとしたら両親になる。

んーそれも悲しい。

親にこんなことを聞かせるのも、病院に連れてくるのも実につらい。

入院した日にどうせ聞いてもらわなければならないし、こんなこと2度も聞きたくないだろうに・・・。

ごめんね、父と母。



子宮頸がんのステージと手術内容や治療方針など、ひととおり説明を終えた。

両親は今日はじめて先生と会ったし、直接病気のことを聞くのも初めてだから

「何か質問はない?」と私が聞いた。


そこで母が放った質問が、(しみじみと深刻そうに、でも決意したかのように思い切って)、


「先生・・・この子、ここ1年で10kgぐらい急激に太ったんです・・・、ホルモンの関係とかこの病気のせいですか?」


えっ・・・・母の疑問はそこですか?手術のこととか、再発のこととかではなく?



確かに口癖のように私に何回も

「そんなに太るなんて何か病気なんじゃない?ホルモンのバランスとか、ストレスとか、ねえ聞いてんの?・・・」

と言っていた母。

でもね・・・お母さん、先生も少し言いにくそうに言われたけど、


「がんは悪性なので・・・それならむしろ・・・やせると思います」(家族一同爆笑)



でも、さすが母親!

MRIなんかよりずっと超高性能マシンで私の体を透かして見てたのね。

お母さん・・・、やはり私はあなたのお腹から産まれたんですね。

私もお母さんのような強くて優しい深い愛情をもった母親になりたかったです。

ほんとにごめんね。

意外なところで入院準備
買い揃えるリストを作って、入院準備に忙しい。

同じ病気の人のブログを参考に(まんま真似して)

自分もあったらいいなと思うものをどんどん買い始める。

要らないものや、普段はもったいなくて買わないものまで買っている。

しばらく外出も出来ないからと、下着や洋服、化粧品に、ずっと欲しかったデジカメまで。


新しい下着などは入院に必要だけど、無くてもいいものまで買ってないか?

なんだか、買い物に逃げていないかい?

『買物依存症』の気配がしてきた。

買物してる間は楽しくてがんのこと忘れてたりしてるのかもね。



やはりそこは婦人科の手術、必要なものはマタニティコーナーにいい物があったりする。

前開きのだぼっとした丈の長いパジャマとか、

手術後に必要な腹帯やさらしも売ってる。

手術の傷にあたらない下着や、リンパ浮腫予防の締め付けてはいけない下着や服・・・・

まさしく、マタニティ。

ママに優しいということは、私にだって優しい。

それに今時の妊婦さんはみんなおしゃれ。

お腹が大きくてもはけるジーンズ、冷えも防止できるレギンスも種類も豊富。

しかも、ビッグサイズ!


でも!ここで慌てて買ってはいけないものもある。

ドラッグストアでケチして安い腹帯を買ったら、一度洗っただけで全く使い物にならなかった。

手術後はしばらくの間は腹帯を使うから、高くても病院の売店で売ってるもののほうがいい時もある。

そう、それは病院のオススメには何かしら訳があるということだね。

もちろんティッシュペーパーなどの日用品はドラッグストアのほうが安いので、入院前に買っておくんだけど。


マタニティコーナーであれこれ見ることへの抵抗が無いわけでは無い。

お腹が大きな妊婦さんの横で、子供が走り回っている西○屋で、

マタニティコーナーに居る自分は妊婦さんではないわけで。


ふっと冷たい風を感じてしまった・・・・。


エアコンだねーそれ。
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